子どもが大きくなった時、どんな親だったと言われたいか?

子どもが大きくなった時、どんな親だったと言われたいか?
今から20年後に、自分はどんな親だったと言いたいのか。

大きくなった子どもからは、どんな親だったと言われたいか。

大きくなった子どもから、どんな子ども時代だった、と言われればうれしく思うのか。

この答は、時間の足らなかったフルタイム共働きの頃は、ぼんやりと思っていただけでした。

じっくりと考えることをしていませんでした。

いつもセカセカしていて、時間が全然足りませんでした。生活を回すのに精いっぱいで、子どもには次から次へいろいろなことをしてあげなくてはならず、そういう用事をこなしているだけとても忙しかったです。

でも、一生懸命なわりには、いつも不十分な気がしていました。

会社を退職した今は、シンプルに生活することを心がけています。

今の私には、何が自分にとって一番たいせつなのかが、はっきりとわかっています。

子どもに、自分が愛されている、と感じながら生活してほしい、と願っています。

だから、子どもにしてあげることや、子どもと一緒にすることのうち、一番大切なことは何か。このことを常に考えています。

自分の子どもに、どんな思い出を残してあげたいのか。

思い出とは、特別なイベントや旅行、手作りプレゼントとか、そういうことではありません。

なにげない日々の生活の中で、育っていく思い出のことです。

子どもが大きくなって、子ども時代を思い出したとき、家はあたたかで、リラックスできる場所だったと、思ってもらいたいです。

成長した子どもが、子ども時代を振り返った時に、お母さんは、やさしくて、忍耐強くて、思いやりのある人だった、と思われたいです。

(不思議なことに、自分の人生の大半だった仕事に関すること、例えば、仕事ができる人だったとか、一生懸命働く人だった、とは思われたいと思いません。)

そのためには、まずはシンプルな生活が自分には必要だと感じています。

子どものことで、イライラすることが起これば、その原因が何かを考えて、できるだけ穏やかに暮らせるような生活へと変える努力を続けています。

最近は、早めに外出しなければならない習い事で、開始時間に遅刻しないように、子どもに「用意できた~?」「もう〇時になったよ~。」「宿題は終わった?」など言う日が増えていること、それがイライラする原因になっていることに気が付きました。

子ども自身が時計を見て、余裕をもって行動できる年齢まで成長するまでは、親の声掛けが必要な場合もあると思います。特に、低学年のうちはそうだろうと思います。

最初に、「〇時から始まるから、〇時〇分には出られるように準備しようね。」と言っても、準備ができていなかった場合は、親はどうするべきなのか?色々試しました。

例えば、親としてはこんな対応が考えられます。

1.「早くしなさい。」とせかして、準備を急がせて、子どもには遅刻をさせないようにする。(遅刻はだめだと教えることが、親の務めだ。)

2.子どもが気づくまで、何も言わずに様子を見る。(遅刻して、恥ずかしい思いをさせるのも大切な経験だ。こういう経験があってこそ、初めて自分から能動的に行動できるようになるもんだ。)でも、一度の遅刻でも懲りずに、何度も同じことを繰り返している。

このどちらの対応にせよ、親も子どももリラックスした状態とはいえないし、子どもは親から愛されていると感じることはないかもしれません。

「〇時になったら準備をする」などのルールを親子で決めて、そのルールを破った時の罰も一緒に考えておくことが、有効な場合もあるかもしれません。

でも、最近は、子どもが自分自身で、自分の行動を時間管理できるまでは、できるだけ習い事をしないことが、一番良いのではないか、と思うようになりました。

親が言えばきちんとできる子どもの場合は、やるべきことがたくさんあっても良いのかもしませんが、うちの場合はちがうかな、と。

できるだけシンプルに生活することが、時間的にも精神的にも余裕ができるので、リラックスした状態になっているな、と思っています。

そのため、最近は、習い事を整理して、子どもが、自分でやりたいことができる時間をできるだけ長くとれるような生活になるように心がけています。

保育園時代は、せかすことが多かったので、これからは、せかすような生活はしたくないんです。

自分の子どもには、穏やかで、いつもリラックスした、自分を大切にできる人に成長してほしいと願っています。

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コメント

  1. maimai より:

    小学3年生の子を持つフルタイム専門職のものです。中学受験に向けて環境の見直しを図っているところ、当ブログにであいました。
    もう、目からウロコといいますか…当ブログにであい、私の心の中のモヤモヤを語っていただいているようで、”あ~そうか…。そうなんだよ!”と、胸のうちがすっきりしたのと私が抱える問題が明確になりました。
    20年近く務めた職をキャリアを手放すのは正直、勇気が必要です。手放したことが後に失敗に終わったら…と思うと不安でなりません。
    でも、一歩も踏み出さなかったら、後悔しか残らないと思います。
    管理人さんのような高学歴の方でも専業主婦を選択されたという話を目にしたことは、私に勇気と希望をいただけています。
    ありがとうございます。
    これからもブログ楽しみにしています、

    • ecodomoa より:

      maimai様

      コメントをありがとうございます。

      子育てと仕事の両方ともが中途半端で苦しんでいた時に、両親にこう言われました。「何かを手に入れるということは、何かを手放すということなんよ」
      それで私は、子育てを精いっぱいやることを選択しました。どちらも中途半端に進める人生もありだったのかもしれませんが。

      私が中途半端だと思っていても、「両立できている」と表現してくれる人もいました。
      でも、他人が自分の人生や生き方をどう思うかではなく、結局のところ、自分の中で納得できるかどうか、が大切だと思います。

      また、母親が高学歴でも、専門職でも、幼児~小学生の子どもにとっては、あまり関係ないような気がします。単なる「お母さん」です。
      ただ、企業などで働いてきたことで、母親として仕事とはこういうものだ、社会で求められているのはこういう力なんだ、ということを「今」語ってあげることができています。また、効率的な学習方法や学校のテストで点数を取る方法も教えてあげることができます。
      小学校3~4年生は、ギャングエイジと言われるそうで、そのころに言っても聞いてくれないかもしれませんが、低学年の今は、私の言葉をまだ聞いてもらえています。

      今は専業主婦ではなく、自宅で仕事をしています。収入を得ていますので、やはり共働きかな、と思っています。

      我が家は、中学受験というのは考えていないのですが、どんな世の中になっても、人生を楽しみながら食べていける大人に育てていこうと思っています。
      1日1日、子どもにとってベストだと思う選択をしていくこと、そのためには私には時間も体力も気力も必要です。
      あれもこれもは難しいので、子どもが小学生・中学生の約10年は子育てに専念して、次の10年(50代)にすることを考えています。

      maimaiさんにとって、ベストな選択ができることをお祈りしています。

      • maimai より:

        管理人 ecodomoaさま

        ありがとうございます。
        “何かを手に入れるということは、何かを手放すということなんよ”
        心にしみます。泣けてきます…。

        最終的には、誰の責任でもなく自分がどうありたいか、どうしたいか ですよね。
        今年中には決心…つけます。
        本当にありがとうございました。このブログにであえてよかったです。

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