ちょっと大人びてきた小学3年生(男子)

最近、子どもの精神面の成長をよく感じるようになりました。

以前は、私に間違いを指摘されることが嫌で、泣いたりわめいたりして癇癪をおこしていました。

例えば、自分ができた!と思った問題の答えが間違っていた場合、×や✔(チェックマーク)をつけると、「もうやるもんか!」など、突沸していました。

しかし、最近は(ここ1か月)は、あまりありません。(まだ突沸するときはあります。)

これは、はっきり感じるほどの大きな変化です。

小学1年生の頃、「×」をつけると怒るので、✔(チェックマーク)や/(スラッシュ)に変えたり、できているときは、大きな〇や花丸をつけたり、シールをはったり、声に出して「これ、ちがう。」などと言わないようにしたり、色々工夫してきました。

低学年の頃、一番良かった方法は、子どもの前で丸付けをしないということです。子どもが見ていない時間帯にやるか、場所を移動して丸付けをしたりすると、反応しません。当たり前ですが・・・。

それでも、見せたときに「わ~い、全部バツ!」とわざと喜んでみたり(1問間違えただけでも、すごく怒ります)、自分で合っているところも「×」をつけたり、「俺、バカやもん!」などと言ってみたりして、手に負えないな~と思うことが多かったです。

自分の母親に聞いてみても、私(兄弟も)の場合は、そういうのはなかったよ~、などと言うので、どうしていいかわからず、途方にくれる日もありました。

私の母曰く、自分ができないことがあるのが我慢できないのでは?と。

たとえそんなことを思っていても、小学校低学年なんて、できないことばかりだし、そんなことでいちいち自分に腹を立てていたら、毎日しんどいだろう、と思っていました。

それでも、一歩でも前進すれば良し、後退する日があっても良し、と思いながら、あきらめずに関わってきました。もちろん、今も継続中です。

できるかできないかは問題ではない、「できようができまいが継続する」ことが大切だ、と言い続けてきました。

例えば、

「もし、今日できへんのやったら、また明日やってみれば良いやん。」と言うと、

「明日もできひんかったら、どうするん?」と子どもが言うので、

「明後日もやってみればいいやん。」(私)

「できんかったら?」(子ども)

「その次の日もやればいいやん。」(私)

「いやや!!そんなんいやや!(泣いたり・わめいたり)」(子ども)

「じゃあ、ず~っとできへんかってもええの?あきらめずに続けたら、できるようになるのに?」(私)

「できるようになんか、ならへんわ!」(子ども)

「いや、なる。必ずできるようになる。」(私)

「証拠ないやん。」(子ども)

「証拠なくても、お母さんにはわかる。これまでもずっとそうやったし、これからもずっとそうや。できるようになるまで、あきらめずに続けたらできるようになる。できるまで続ければ、できるようになる。○○もできるようになったし、□□もできるようになったやん。○○も□□も初めからできたわけやないで。続けたからできるようになったんや。」(私)

そんなことを言い続けてきました。

しかし、ここ1~2か月は、例えば、算数の問題を解いていて、

「う~ん、わからん。」(子ども)

「あきらめる?」(私)

「いや、もうちょっと考えてみる。」(子ども)

「(しばらく沈黙)」(私)そして、子ども、考えている。

「あ~!わからん!!」(子ども)

「ヒント出そか?」(私)

「うん。これは聞くわ。」(子ども)←この反応が驚きなのです!うちの子どもの大きな変化なのです!!

「じゃあ、もう1っ回問題読んでみ。音読で。」(私)

「~~~~~~(問題を落ち着いて読む。)」(子ども)

↑この反応もすごい嬉しい変化です!

今までは「もう読んだし!知ってるし!なんでもう1回いちいち読まなあかんねん!」とわめいていました。

音読してもらいながら、どこまで理解しているのか、確認したいわけですよ。こちらとしては。意図を説明しても、突沸はなかなかおさまらず・・・。なかなか落ち着いて問題文を読むことができなかった。

私が聞いているそばで、もう一度音読するまでに時間がかかってしまっていました・・・。

ここ最近は、一緒に問題文を読みながら、子どもがどこまで理解しているのかの確認がスムーズにできるようになってきました。

よそのお子さんは、こんなことないのかもしれませんが、うちの場合は、何が大変って、こういう自分の間違いや、自分がまだ理解できていない、ということを認めることがなかなかできないという点でした。

自分の理解不足な間違いを認めなければ、次の階段は上れません。

小学2年生~3年生の秋ごろまでは、ずっと同じ場所でぐるぐる回っているだけ、という感じがしていました。

ようやく大人への階段の扉を開けようとしているのかもしれません。

クラスでの立ち位置を把握し、会話の中に入れてくるようになったのも最近です。

小学校では、算数の授業で課題があまりに速く終わってしまうので、先生のアシスタントのような仕事をしているそうです。わからないという友達を教えたり、ノートを集めたり、プリントを配ったりなど。

まあ、生まれつきなのか、先へ進んでいるせいなのか、わかりませんが、私も問題解くのは子どもの頃から速かったです。(私は、学校で習うこと以上の学習をしたことはありませんでした。母が一切やらなかったので。)

また、子どもが言うには、クラスで一番マラソンが速いそうです。最後の1周で数十人を追い抜いて一番になるのが楽しい、と言っていました。また、縄跳びもクラスで一番長く二重飛びがとべるそうです(競争したそうです)。とっても嬉しそうに話していました。

あと、読書スピードが私に追いつきつつあります。

「もう、読んだん?」と思うほど速くなっています。

下の写真は、昨日寝る前の2時間ほどで読んだらしく、床に積み上げられていました。アラビアン・ナイトだけは、途中だそうです。「すっごいおもしろいけど、長いからまたあとで読む。」と言っていました。

アラビアン・ナイト

ケート・ダグラス・ウィギン/ノラ・A.スミス 福音館書店 1997年06月
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ハリー・ポッターを読めるようになったら、読めると思います。同じくらいの字の大きさです。

シートンどうぶつ記(7)

アーネスト・トムソン・シートン/小林清之介 あすなろ書房 1996年11月
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文字は大きいです。動物全般が好きです。

ズッコケ時間漂流記

那須正幹/前川かずお ポプラ社 1982年08月
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このシリーズは、私も小学生の頃、よく読みました。主人公は小学6年生の3人組です。
小3でも十分楽しめます。

新渡戸稲造

三上修平/宮田淳一 集英社 1989年09月
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人物の伝記シリーズは大好きです。家にあるものを片っ端から読んでいます。

とにかく読んでいます。現在、読書が子どもの快楽になっています。

かなりの量を読むので、買うためのAmazonめぐり(私が担当)、週1~2回の図書館通いは欠かせません。

1か月ほど前、図書館の椅子に半日ほど座って、読み続けていました。今度は、お弁当を持って行って、図書館で1日過ごしたいそうです・・・。(私は疲れてしまい、そんなに長い間は読めませんので、それはパスしたい。)

精神的な成長と、読書量は関係あるのかもしれません。

今、子どもの頭の中の育ってきた神経回路が網の目のようにつながりつつあるのかもしれません。

今朝、私が探し物をしていて、

「あれ~、ファイルがない~。」(私)

「え?どんなん?」(子ども)

「透明なファイル。A4の。」(私)

すると、一緒に探してくれました。でも、簡単に見つかりそうではないし、登校時間もせまっていたので、

「ありがとう。でも、いいよ。自分のことやってていいよ。」(私)

「ありがとうなんて、思ってないくせに。邪魔やな~って思ってるくせに!」(子ども)

と言うのです!

大人の気持ちを見透かしている(大人の心の動きがわかっていると)驚きました。本音と建て前をわかってるのか~と。

だから、

「ほんとに、『ありがとう』って思ってるよ。ファイルは見つからへんかったけど、邪魔やなんて思っていない。一緒に探してくれようとした、その気持ちが嬉しいから、『ありがとう』って言ったんよ。」

というと、「うん・・。」と、少し笑っていました。

なんというか、大人びてきた感じがしました。

最近、こんな驚きが続いています。

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